03 不夜の使者 Being of Vesperial Envoy
台詞総数:129 キャラクター数:5名
No. | キャラ | 台詞、備考 |
001 | コーラル |
「なんて酷い冗談……」 |
とてつもなく悪い冗談を聞いた気がした。 耳を塞ぎ、考える事をやめようとしてそれが適わぬと知る。マルベリーはあくまで事実をそのままそっくり吐き出しただけに過ぎない。涼しい顔で淡々と述べたまま、シャベルを手に取った。 |
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002 | マルベリー |
「奇天烈極まりない環境で、自分が正しいと主張するのは苦痛を伴う」 |
003 | コーラル |
「マルベリーがそうだったように?――そうか、それでマルベリーはあんなに食事を嫌がったのね……」 |
004 | マルベリー |
「身を守りたければ話は簡単だ。仮面を身につけ、火を焚く。但し本来の世界でなら、だ」 |
親切な忠告に終わるはずの言葉が、より一層コーラルを不安にさせたのは何故か。放たれる音と釣り合わないマルベリーのその落ち着いた態度こそが、今最もコーラルを不安定にさせる。 |
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005 | コーラル |
「そんなの、こんなところで言ったって」 |
006 | マルベリー |
「俺が何故地面を掘り返すか聞いたな?」 |
007 | コーラル |
「そうだよ――こんな真っ暗な空を昼間なんて言って、本当に夜の側しかないなら、その死体はどこから来るの? ここでは誰も死なないんでしょう? 毎日そんなに掘り返してるのに、お墓は減らないの?」 |
シャベルの取っ手に手をかけたまま佇むマルベリーの顔を覗き込む。 |
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008 | マルベリー |
「引っくり返したはずの土は不思議と元に戻る。中には何もない。お前のように奔走した事もある。境と思われる場所で、感覚を頼りに日数を数えようと試してみた」 |
009 | コーラル |
「上手くいったの? マルベリーは魔女達に比べたら、随分最近になってから入って来たみたいな事を言われてたけど……」 |
震える声を必死に押さえて問えば、マルベリーは軽く目を伏せて頭を振った。 |
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010 | マルベリー |
「 |
011 | コーラル |
「途中で眠っちゃっただけじゃないの、思い出せないって」 |
012 | マルベリー |
「俺はあの時どうしてそんな場所にいたのか全く覚えていなかった。気が付いたら魔女の小屋にいた」 |
回答に正負は存在しない。だがそれではコーラルは納得できない。勢いだけでマルベリーが羽織っていた上着の裾に掴み掛かり、声を張り上げる。 |
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013 | コーラル |
「私がおかしいの? 素直に忠告に従わなかった私が悪いんだよね? これは夢だよね? 少し眠って目を覚ましたら、全部いやな夢だったって、つまらない日常に戻れるんだよね?」 |
014 | マルベリー |
「試してみるか?」 |
いつかのクロラと同じ単語を呟く。荒れた手で腕を掴まれたかと思うと、引き摺られた。すぐさま己の足で歩くように指示される。 |
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015 | コーラル |
「痛い、引っ張らないで。試してみるって、どうするの」 |
016 | マルベリー |
「境界線に近付いてみれば良い。幸い、すぐに10月31日の夕方だ。同じ時間を何度も繰り返しているからな、何度でも挑戦できるぞ」 |
017 | コーラル |
「待って、私がバーミリオンと会ったのはその辺だったはず。枝に縛り付けた目印のリボンが残ってる。確か私が少し休んでて、バーミリオンが出てきた場所」 |
018 | マルベリー |
「その場所だな。外へ向かって歩いてみろ」 |
しかし外の時間は内側と一致するのだろうか。そんな事を思いながら投げ出されるに任せて境界線と思しき土を跨ぐ。 黒猫に扮したバーミリオンと初めて遭遇した森の中央付近には、迷子になったと思って咄嗟に括りつけたリボンが未だ残っている。コーラルが座り込んで休んでいた大木も生えていたので、間違いはない。 数えながら足を踏み出してみたが、三歩踏み込んだところで後ろに向かうはずのマルベリーが視界に入り、ぎょっとした。 |
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019 | コーラル |
「私、いつ反対を向いたの? 真っ直ぐ外に向かって歩いたはずだよね?」 |
恐る恐る訊いてみると、案の定と言わんばかりに男は溜め息をついた。 |
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020 | マルベリー |
「俺が見ている限り、お前はぐるっと一周そこで回っただけだ。ここから出られない事くらい、身を持って理解できただろう?」 |
021 | コーラル |
「うそ――帰れないなんて嘘だ! 私はただここに肝試しに来ただけで、魔女の小屋があるって分かったらすぐに引き返すつもりだったのに――」 |
022 | マルベリー |
「これがあの警告の意味だ。この際だから、俺の昔の名前を教えてやろうか」 |
023 | コーラル |
「名前が違う事に意味はあるの」 |
場違いな事を言い出したかと思うと、マルベリーは自嘲めいた笑みを浮かべて吐き捨てる。 |
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024 | マルベリー |
「ジャックって言ってな、どこにでもあるような平凡な名前だ。マルベリーってのは、名前を忘れていた俺に、魔女が勝手につけた名前だ」 |
025 | コーラル |
「それと帰れない事とどう関係が」 |
026 | マルベリー |
「生死の境界線で帰れなくなったジャックを知らないか?」 |
027 | コーラル |
「知らな――ううん、聞いた事がある。村の長老が、子供を怖がらせようとして前に言ってた気がする。ジャック・オー・ランタンの由来だったはず」 |
知らないと言おうとして、記憶の隅にあった長老の与太話に当たった。 |
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028 | マルベリー |
「そうだ、その話だ」 |
029 | コーラル |
「飲んだくれのジャック、悪事の所為で天国に行けず。悪魔との契約の所為で地獄にも行けず。火種を抱えて永遠に暗い道を彷徨い歩き続ける……それ、マルベリーの事? そんな話、ずっと昔の……」 |
10月31日にはつき物のジャック・オー・ランタンの由来を思い出し口にすると、マルベリーはシャベルの金属の先を地面に突き立てて、肩を竦めた。 |
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030 | マルベリー |
「ここに時間は存在しない。死は全てに平等だ。俺は魔女の小屋で肉筆の文献を見た事がある。ここは |
途端目の前が真っ暗になったような気がして、混乱する頭を抱えてその場にしゃがみ込む。 |
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031 | コーラル |
「そんな話、聞きたくなかった」 |
だからと言って解決法を期待してたわけでもなかった。慰めの言葉一つ投げかけてくれないマルベリーは酷だ。行き摺りの他人にそんな親切を期待している自分自身が酷である事もよく分かっている。 コーラルは俯いた。 |
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032 | マルベリー |
「目と耳を塞ぐのは簡単だ。ここで既に百年を放浪してる俺が教えてやる。安らかに眠るための手段、痛みを失うための手段、不条理を受け入れる手段。分かるか?」 |
033 | コーラル |
「ここで死ぬってこと――?」 |
質問を質問で返すと、静かに否定された。 |
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034 | マルベリー |
「忘れるという事だ。昼の存在、今までいた場所の存在、自分のあり方。そうでなければ俺のように無意味な悪あがきを続けるだけだ」 |
ふとシロエが言っていた言葉――全部忘れさせて差し上げるわ(※02:112)――を思い出し、頭を振る。 |
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035 | コーラル |
「そんなの、無理に決まってる」 |
036 | マルベリー |
「そうだろうな。だがもっと簡単な方法がある」 |
037 | コーラル |
「――なに? 私は死者じゃない、私は生きてる。それでも出来る方法なの? 生きてるものに変化はない、死なないって魔女が言ってたじゃない」 |
手段や手法を問わないのであれば、殺されるのかもしれないなどとも考えたが、死ぬという行程を否定された以上、コーラルには何も浮かばない。 |
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038 | マルベリー |
「狂えばいい、あの魔女のようにな。そうでなければ魔女を殺すか? 後者は無理な話だな。魔女は既に死者だ。死者は死なない」 |
039 | コーラル |
「……マルベリー、死者はお腹が空かないって言ってたけど……じゃあ、なんでシロエは食べる必要のない料理を作っていたの……?」 |
040 | マルベリー |
「妖精のためか? いや、それなら連中は勝手に餌を見つけて食う」 |
041 | コーラル |
「自分が何か食べる必要がある、ってこと? 死者はお腹が空かないんじゃなかったの――?」 |
己が口にした単語をもう一度反芻して、マルベリーは顔を上げた。何かに気付いたような顔は悪い出来事の前兆のように見えて、コーラルの目に薄気味悪く映った。 |
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042 | マルベリー |
「そうか、死者の時間は動かない。あの魔女は最初から死んでなんていなかったのか――何故そんな単純な事に思い至らなかった?」 |
後半は自身に向けて呟いたもののようだった。地面に立てかけていたシャベルを握り、マルベリーはコーラルに対して背を向ける。マルベリーが良からぬ事を企んでいるように見えて、コーラルは慌てて足を踏み出した。 |
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043 | コーラル |
「待ってマルベリー、どこへ行くの!?」 |
044 | マルベリー |
「魔女を殺す」 |
045 | コーラル |
「ちょっとやそっとじゃ死なないって言ったじゃない!」 |
046 | マルベリー |
「手段を見つける。生きた物は歪んで行くと言ったのはあの女だ。解放されて止まった年月が流れ出そうと、俺は死人だ知った事じゃない」 |
047 | コーラル |
「手段って、こんな場所じゃ何も見つからないよ。マルベリー、待ってってば」 |
048 | マルベリー |
「……前にもこんな事が――? その時、俺はどうした?」 |
唐突に足を止めたマルベリーの背に頭から突っ込み、コーラルはバランスを崩した。顔を上げて茫然としているマルベリーの前に、黒い影が躍り出る。 |
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049 | バーミリオン |
「無理だよマルベリー。君は魔女の支配下に入っちゃってるからね。そういう事を考えられないようになってたのに、なんで気が付いちゃったかなあ」 |
050 | マルベリー |
「道化か。相変わらず好かない顔だ」 |
051 | バーミリオン |
「ヒドーイ、元々オイラは美少年なんだぞー。オイラなんて、あの魔女にこんな姿にされてからそのままさ。君が生まれるよりずっと前の話だけどね」 |
おどけた調子で笑う声が割って入る。バーミリオンだ。草陰からひょっこり顔を覗かせているが、その異質さが今や何の違和感もなく見られる。 |
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052 | マルベリー |
「魔女に監視に出されたか、また首を飛ばそうか。一度ならずとも、原型が分からなくなるまで抉ってやる。それなら再生するまで時間もかかるだろう」 |
053 | バーミリオン |
「前に君が魔女の秘密に気が付いた時、どうしたのか覚えてる?」 |
054 | マルベリー |
「お前達に返り討ちにあったんだったな」 |
055 | バーミリオン |
「そう、急に襲い掛かってきたマルベリーが悪いんだよ? 正当防衛って言うでしょ?」 |
056 | マルベリー |
「その時の屈辱も含めて、倍にして返してやる」 |
057 | バーミリオン |
「あれから百年、そろそろ思い出してもおかしくない頃だと思っていたけど、コーラルまで巻き込むなんてねえ。諦めが肝心だよマルベリー、そしてコーラル」 |
話は全て聞かれている。そこには何の疑いもない。マルベリーは拳を握り、吐き捨てた。 |
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058 | マルベリー |
「終わりの来ない世界は気楽で良いな。忘却の果てにめでたしめでたしか」 |
059 | バーミリオン |
「みーんな忘れて、ここの常識に合わせた |
本来の表情が分からないカボチャの頭だからこそ、ふざけているようにも見えて不気味だ。言葉の軽さがさらにその気味の悪さを引き立てている。 |
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060 | コーラル |
「マルベリー、魔女は死なないって……手段って、どうするつもりでいるの。また返り討ちに遭うだけじゃない」 |
061 | マルベリー |
「クロラの方は既に死んでいる。時間という概念がないからどちらも同じに見えるだけだ。アイツは歪んだ不死者シロエの茶番に付き合ってるだけに過ぎない。この世界で歪んでいるものは――生きているのはお前と、シロエだけだ」 |
062 | コーラル |
「気が付いた事も、魔女にはバレてるの?」 |
強く袖を引っ張ったものの、腕力の差からか、あっさりと振り払われる。 |
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063 | クロラ |
「F6、白の |
どこからともなく声が聞こえ、コーラルは咄嗟に耳を塞いだ。誰の声かはっきりと理解しているのに、どこから響いてくるのか分からないのが恐ろしい。 |
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064 | コーラル |
「これ、私を追い出そうとした時に使ってた、人を操る魔法だったよね……魔女が近くにいるの?」 |
ズルズルと引き摺られるように足が動き出す。膝から下の神経が削げ落ちたように、己のものではなくなっていた。頭で命じてみても、決して思うようには動かない。 |
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065 | マルベリー |
「コーラル?」 |
066 | コーラル |
「やだ、逃げて。体が勝手に動く! 足が思うようにならなくて――」 |
体は意思に逆らってシャベルに向かう。嫌だと思いながらも手を伸ばしてしまう。握りを掴む指が次第に隙間を埋めていく。腕に重さが伝わり、コーラルは声を洩らした。 |
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067 | クロラ |
「非力な子供だ。意思だけで私に抵抗するつもりか?」 |
068 | バーミリオン |
「魔女の呪術に対抗するには、呪術でなくちゃあ」 |
069 | マルベリー |
「くそ、またこうなるのか!」 |
070 | コーラル |
「マルベリー、逃げて! このままじゃ、私がマルベリーを」 |
071 | マルベリー |
「自由が利けばとうにそうしている! ――魔女め!」 |
腹の底から罵声を浴びせて、膝を折る。その様子は重力に逆らっているようにも見える。全身を地面に押し付けられているようだった。 |
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072 | バーミリオン |
「悪い子にはお仕置きが必要だよねえ。 |
073 | クロラ |
「マルベリーは前科があるから、少しお灸を据えてやらなければいけないな」 |
074 | コーラル |
「バーミリオン! 止めてくれないの!? 一度は私を助けてくれたのに!」 |
075 | バーミリオン |
「助けてなんていないよ、僕はここへ君を誘い込んだだけじゃない。忘れちゃったのコーラル」 |
076 | コーラル |
「――バーミリオン!」 |
傍らで部外者のように振舞うカボチャ頭を睨めつける。バーミリオンは悪ぶった様子もなく、無邪気に答えるだけだった。 |
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077 | バーミリオン |
「ごめんねコーラル、僕は魔女には逆らえないようになってるんだ」 |
078 | クロラ |
「どうせ記憶を奪うのだから教えてやろう。この場所は鏡で反響し合っている。内側しか映さないから外を見る事はできない。内側から溶接してしまったから、外から抉じ開ける事もできないし、これはただのいかさまに過ぎない」 |
079 | バーミリオン |
「魔導師の存在自体もいかさまだってこと。誰かの作り話って事もあるかも?」 |
何がおかしいのか、バーミリオンがけらけらと笑った。それが不愉快で彼を睨んでも、本人がそれに応じる様子はない。 |
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080 | クロラ |
「シロエも同様に私という鏡で縛られている。こんな場所に一人だけ残されて、それでも狂わない自信はあるか? それでも魔女をやめる方法は残されてない。死ぬ事もできなければ、眠る事もないからな」 |
081 | コーラル |
「あんた達双子の事情に付き合わされるこっちの身にもなってよ!」 |
意地でも傀儡になりたくないと腕に力を篭めてみるものの、思うようにはならず腕が震えた。 |
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082 | クロラ |
「マルベリーが掘り返していた墓の正体教えてやろうか?」 |
083 | マルベリー |
「あれは空だったぞ! 中身はどこへやった!?」 |
マルベリーの咄嗟の一言にも苦笑じみた笑みを洩らし、クロラはチェス盤を片手に続ける。茂みから出てきた黒服の魔女はマルベリーに構う事なく、真っ直ぐコーラルの方を向いていた。 |
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084 | バーミリオン |
「空っぽ空っぽ、いくら掘り返しても出てこないよ」 |
085 | クロラ |
「そう、空っぽだ。コーラル・バーリー、お前のように時々迷い込んだ人間のためのものだよ」 |
086 | コーラル |
「あの人達はどこへ行ったの……?」 |
087 | クロラ |
「時機に分かる」 |
腕が独りでにシャベルを振り上げる。視界にはマルベリーが入っている。その先が容易に想像できて、目を伏せる。 |
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088 | コーラル |
「い、いやだ、腕が勝手に」 |
089 | バーミリオン |
「みーんな魔女が使役する妖精になっちゃった」 |
硬い感触と共に、肉片が抉れた音がした。 |
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無意識は残酷だ。 暗転した視界に光を入れようと目を開ける。ゆっくりと目を開くと、いつも通りの柔らかい光が目に入り、眩しさに重たい瞼を擦る。 |
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090 | コーラル |
「夢……? 悪い夢?」 |
ろくでもない一連の出来事は全て悪夢だ。そう信じ込む事で安心しようとしていたところに、一番見たくなかったカボチャの橙色が映る。 |
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091 | バーミリオン |
「ざーんねんでした」 |
092 | コーラル |
「夢――じゃない」 |
093 | バーミリオン |
「人は忘れるという便利な機能を持っているんだ。痛みはもうないでしょ?」 |
言われて気付き、飛び起きて自分の手足を確認する。何故そうしたかったのかは分からない。そうしなければならないような気がした。 |
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094 | コーラル |
「痛み? 手足を縛り付けるような、あの――」 |
095 | バーミリオン |
「ここで上手く生活する方法は簡単だよ。全部が夢だと思う事さ」 |
096 | コーラル |
「私……なんでここにいるの? 全部悪い夢で、目を覚ましたら忘れられるって――」 |
097 | クロラ |
「生憎だが夢ではない。バーミリオン、私の視界に入るな。お前の顔は癇に障る」 |
手で追い払いながらクロラが嫌そうな顔を浮かべる。バーミリオンはそれを聞いて口元に手を当て、仰け反った。 |
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098 | バーミリオン |
「ヒドーイ、こうしたのは君達なのにー」 |
099 | クロラ |
「元の顔からして私の癇に障るからだ。お前の頭なぞカボチャで十分だ。どうした、小娘」 |
きつめの口調で問うクロラの態度は素っ気無い。少女が己が自分の事に関してだけ、何も思い出せないことに愕然としていた。 |
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100 | コーラル |
「私の名前、何だったっけ……? バーミリオンと、クロラの事は分かるのに」 |
101 | クロラ |
「コーラル・バーリー、お前は矛盾と不条理だらけのこの世界に迷い込んだ子供に過ぎない」 |
102 | コーラル |
「そうだ、マルベリーは!? マルベリーはどうなったの?」 |
103 | バーミリオン |
「マルベリーならそこにいるよ」 |
掛け布団を跳ね除けて立ち上がろうとし、バランスを崩してクロラの腕に倒れ込む。足に上手く力が入らない。 部屋の隅に佇む影を見つけて、コーラルは顔を上げる。 |
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104 | コーラル |
「マルベリー……良かった、無事なの?」 |
そう尋ねなければならない |
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105 | マルベリー |
「何の事だ」 |
106 | コーラル |
「え――私、マルベリーの事をシャベルで殴らなかった?」 |
107 | マルベリー |
「知らないな。俺はずっとここにいた」 |
108 | コーラル |
「確か、シャベルで殴って……目の前が真っ暗になって……あれ――なんで、そんな事をしたんだっけ?」 |
事情が分からず背後を振り返ると、バーミリオンが耳元で囁いた。 |
||
109 | バーミリオン |
「それがシロエの能力。クロラとは違って忘れさせちゃうんだ。君が何を聞いても無駄だよー? 君だって自分が何をしてたか、ろくに思い出せないでしょ?」 |
110 | コーラル |
「思い出せない? 私は村で……」 |
111 | バーミリオン |
「痛かったことも、怖かったことも、全部悪い夢なのさ。君がいるのは夢の中。ね、そう思い込めたら、もう気味が悪い事だって怖くないでしょ?」 |
悪戯に笑う妖精は性質が悪い。ぽかんと口を開けたまま、暫く思考が止まっていた気がした。 バーミリオンがからかう通り、何をしようとしていたのかさっぱり思い出せなくなっている。 |
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112 | コーラル |
「私、何故こんな場所にいるの……?」 |
どうしても理解のできない言葉を独白した。 |
||
コーラルが目を覚ますまでを見守り、食卓に空になったティーカップを置いてシロエは微苦笑する。痛い程に責めてくるクロラの視線を感じていたのは、恐らく本人だけだった。 |
||
113 | クロラ |
「 |
114 | シロエ |
「そうねえ、だけど私にしてあげられる親切といったらこれくらいだわ」 |
115 | クロラ |
「コーラルも同類じゃないかと思うが……あれは衰弱するか発狂するかのどっちかだな」 |
116 | シロエ |
「生憎私には忘れさせてあげる事しか出来ないもの。魔法の才覚には恵まれなかったから、仕方がないわ」 |
残り少なくなったティーポットに手を伸ばし、カップに注ぐ。 暢気な姉を見やってクロラは肩を竦めた。食卓脇の椅子に手をかけ、静かに腰掛ける。 |
||
117 | クロラ |
「シロエ――お前はもう一人、自分の仲間を手に入れた。ここでは生きているものは死なない。私はお前に一つだけ聞いてみたい事があった」 |
118 | シロエ |
「なあに? 片割れである私にも内緒のこと?」 |
119 | クロラ |
「一人だけ生き残っているって言うのはどういう感覚なんだ?」 |
暫くの沈黙を挟み、シロエは問いを反芻する。 次第に何がおかしいのか、自然と笑みが零れた。苦笑だったのか、嘲笑だったのか、それは自分でも分からない。 |
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120 | シロエ |
「ふ、ふふ、そんなこと。そんなことをずっと気にしていたの、クロラ。私の目を持ってしても、悟らせなかった貴方の本心」 |
121 | クロラ |
「魔法の才覚に恵まれなかったのがシロエなら、私はシロエとは違って寿命には恵まれなかったな」 |
122 | シロエ |
「大丈夫よ、ここでなら貴方も私も大した差なんてないわ」 |
123 | クロラ |
「一人だけそちら側に置いてきてしまったからな。唯一の肉親だけど、私には分かってやれないみたいだ」 |
124 | シロエ |
「分からなくても良いのよ、私はもう何も心配なんてしてないわ。貴方はとうに死んでしまってるから、私から逃れる事は出来ないもの」 |
屈折した愛情を真に受けて、逃げられもせずに留まっているクロラからしてみれば、既に迷惑だと思うには度が過ぎている。ただ未練のまま依存する相手でしかない。 不変の場所で変化を期待するのは無理な話だ。元より死者に変化など無謀である。 |
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125 | クロラ |
「元より逃げようもない場所だけれどな」 |
126 | シロエ |
「悪い冗談は止しなさい。――誰も逃がさない、私を過去にしようとするものは誰一人とて許さない。それは貴方も同じよ、クロラ」 |
名指しで指名され、怯む。そんなクロラの頭を撫で回しながら、シロエは紅茶を注いだティーカップを勧めた。 |
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127 | クロラ |
「どちらが悪い冗談か」 |
128 | シロエ |
「所詮、魔導師が作り出した箱庭の幻想。そこに暮らす人々は、いつまでも変わらず幸せに暮らしましたとさ――ね、そんなお話も良いでしょう? めでたしめでたし。そういうお話がここにもある、ただそれだけの事。ねえクロラ、いつまでも消える事ができない貴方だもの。それも一つの幸せでしょう?」 |
静かに尋ねられた言葉を否定できない。 クロラは曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すだけだった。 |
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129 | コーラル |
本当に嘘をついてるのは、誰? |