SCRIPT:NERVE WORKS

02 亡者の行進 Let's join the Deadly Walk

台詞総数:192  キャラクター数:5名

コーラル
台詞数:71 / 冥界に紛れ込んだ人間。
クロラ
台詞数:37 / 冥界の黒い魔女。口が悪く、姉の天然に振り回される。
シロエ
台詞数:33 / 冥界の白い魔女。おっとりしている妹馬鹿。
バーミリオン
台詞数:25 / カボチャの妖精。人前に現われる時は、黒猫の姿。
マルベリー
台詞数:26 / 死者。森の番人で墓堀り。
No. キャラ 台詞、備考

 魔女の小屋と称された小さな家は、黒い湖の畔にあった。足元を照らすのは道の脇に並ぶ白い光のみ。それ以外はバーミリオンの持つ松明が全てだった。空は雲一つない晴天、星空が浮かび月が暗い森を照らす。

001 コーラル

「時々白い光が浮いてるんだけど、これは何? 蛍?」

 すぐ横をすり抜けた光を捕まえようとして失敗する。

002 クロラ

「鬼火だ」

003 コーラル

「――鬼火」

004 クロラ

「死んだ者の魂だ。或いはこちらに棲む妖精」

005 コーラル

「うわっ」

 淡々とした返答を徐々に頭が理解し始め、驚いて手を除ける。発光する虫か何かだと思っていたコーラルは、今自分が置かれている空間の異質さに気が付き始めていた。

006 クロラ

「怖がる事はなかろう。私もそこの唐変木とうへんぼくも同じようなものだ」

 クロラが自嘲気味に苦笑する。

007 コーラル

「確かに私の村にはバーミリオンみたいなカボチャ頭もいなければ、マルベリーのような趣味の悪い人はいなかったけど、魔女はどう見ても普通の人間じゃない。皆そんなのを怖がって森に近付かなかったなんて、馬鹿馬鹿しくて――」

008 クロラ

「私が普通の人間に見えるのか?」

009 コーラル

「普通の人間じゃなかったら何?」

 きょとんとした表情が間が抜けて見えて、コーラルは疑問に思った。なるべく関わらないようにしているマルベリーと、口を挟めずにいるバーミリオンの存在もこのままでは頭から逃げて行ってしまいそうだ。

010 マルベリー

「こちらには普通の人間なんていない」

 マルベリーが思い出したように呟く。

011 コーラル

「見た目はとっても普通に見えるんだけど」

012 マルベリー

「そこの暴力女が普通に見えるなら、お前は相当変わってる」

013 バーミリオン

「そりゃあ外の人間だからねえ、変わってるのは仕方ない仕方ない」

 バーミリオンも同様に頷いた。全員に同じように納得されてしまったのが腹立たしくて、コーラルは再び頬を膨らませた。

014 コーラル

「じゃあ試しに訊くけど、貴方何歳?」

015 クロラ

「とうに忘れた。数える事に意味がない、というよりは数える事ができない」

 にべもなく魔女は答える。文字を読めないコーラルでさえ数字は分かる。少しばかり見下して笑った。

016 コーラル

「数字も数えられないんじゃ村でも苦労するわね。そうしたら本も読めないでしょ? 実は前に村から追い出されて、そのまま森の奥に居ついたって考える方がよほどそれらしいと思うんだけど」

017 クロラ

「まだ信じられないようだな。日付と言う概念が存在しない。だから数えられない。仮にここに時間が流れ込んだとして、全部一斉に滅びるだけだ。ここでは生きた物は歪んでいく」

018 コーラル

「まーたそうやって話を難しくする」

019 クロラ

「事実だ。その内分かる。それでも分からないなら、お前は救いようがない」

 細い道を進み、少し開けたところに小屋が建っている。そこからは湖を臨む事ができる。小さな人工物の前に人影が見え、コーラルは咄嗟にバーミリオンの影に隠れた。

020 コーラル

「そこまで言わなくたって――」

021 シロエ

「おかえりなさい」

022 クロラ

「シロエ、外で待ってたのか」

 クロラが驚いた風に問えば、クロラとは対称的に白い服の魔女はくすりと笑った。

023 シロエ

「待ちくたびれちゃって。小さなお客さんもいることだし、外で待ってるのも悪くないかなと思っただけよ。ようこそコーラル・バーリー。一晩だけれど、我が家と思ってゆっくりしていきなさいな」

024 コーラル

「あれ、何故私の名前を知ってるの?」

 あまりに当然のように口にするもので、虚を突かれた。シロエと呼ばれた黒髪碧眼の魔女は人の良さそうな笑みを浮かべる。

025 シロエ

「この森で私に分からない事はないわ。さあさ、中へどうぞ。お腹が空いたでしょう? ご馳走を用意してるわよ。あら、マルベリーもいるのね。そろそろ良からぬ事を考えるのは止めにしたら?」

026 マルベリー

「俺の勝手に口を挟むな」

027 バーミリオン

「まあまあ、喧嘩しない喧嘩しない」

028 コーラル

「クロラって人とまるで正反対……」

029 バーミリオン

「それは言っちゃいけないお約束」

 案内されるがままに任せていると、耳元でバーミリオンがぽつりと注意した。

 生活するための空間だけを据えて、残りの娯楽はどこへ捨ててきたというのか。小屋には衣食住のスペース以外無駄がなく、リビングを兼ねたダイニングの中心には食卓がある。

030 シロエ

「あら、手が汚れているの? そっちに水桶があるから落としてきなさいな。貴方の家も同然、寛いで行ってね」

 そう笑って奥を指差したシロエは台所らしき部屋へ姿を消した。

031 コーラル

「何も言ってないのに事情知ってる風だし……凄く待遇が良いんですけど。これって丸まる太らせて食べちゃおうっていう、あれじゃないよね。何しろ魔女だし」

 村の長老がよく子供に聞かせていた昔話を思い出して、背筋が冷えた。冷たい水に手を浸すと、マルベリーの攻撃を避ける時に擦った手の平に痛く染みた。

032 バーミリオン

「それはないと思うなあ、魔女は人は食べないと思う」

033 コーラル

「なんていうか、ここの人、みんな変」

034 バーミリオン

「そこにはキミも含まれてるのかな」

035 コーラル

「バーミリオンが一番変」

036 バーミリオン

「そうかもしれないけど、はっきり言われるとショック!」

 はっきり言ってやると、バーミリオンはややショックを受けた風に頭を抱えた。

037 コーラル

「時間の流れがゆっくりに感じるのね。でも空は動いてたの」

038 バーミリオン

「まあ、そりゃあそうだ」

039 コーラル

「すっごくムズムズするんだけど、それが何か分からないのが嫌」

040 バーミリオン

「そのうち分かると思うんだけどなー、と他人事みたいに言ってみる。他人事だけど」

 そそくさと先に奥へ姿を消したシロエが再び戻ってきた時には、手に料理の乗った皿を抱えていた。違和感を感じながら食卓を一瞥する。

041 コーラル

「むむ、なんかおかしい……いち、にい、さん、よっつは分かるけど――いつつ? 私の分も私が来る前に既に用意されていた、、、、、、、、、の?」

 実際に数えてみると、一つ多い。

042 シロエ

「ええ、来る事を予感していたから用意していただけよ。多く作りすぎてしまったし、そのままにしておいても駄目になってしまうだけで勿体無いわ。丁度良いでしょう? カボチャのスープに、カボチャのパイもあるわよ」

043 コーラル

「見事にカボチャだらけ……」

 怪訝に思いながらバーミリオンの顔を覗き見ると、げっそりとした顔で俯いた。

044 バーミリオン

「とっても……共食いをしてる気分です……」

045 コーラル

(さっきの人達、死者って言ってたけど、死んでもお腹空くのかな)

 橙色に染まる食卓に最初についたのはクロラだった。機嫌が悪そうなのは気の所為ではなく、向かい側についたマルベリーも同様に仏頂面を向けている。

046 シロエ

「二人とも食卓でそんな不機嫌そうな顔をしないで頂戴、料理が美味しくなくなってしまうわ」

047 マルベリー

「どうせ味覚など残ってない」

048 クロラ

「シロエ、やっぱりこいつ追い出そう」

049 バーミリオン

「もー、仲悪いなあ」

050 コーラル

(すごく、妙な感じ……なんていうんだろう、これ)

 既視感を感じても、それが何であるかをはっきり思い出す事が出来ない。

051 コーラル

(そうだ、今何時なんだっけ)

 おかしな事を一つ一つ確認していく気にはなれず、流されるがままに食器を手に取りながらそんな事を思った。

052 コーラル

「ええと、シロエ――さん? 今、何時……」

053 シロエ

「ああ、時間というものはないの。時間はほとんど止まっているから」

054 コーラル

「でも、壁の時計は10時を指してるよ。カレンダーは11月1日だし」

055 シロエ

「それは最後に私が見た時間よ。ここは何でもそうなの、記憶のまま残ってるだけで実際とは違うところが多いのよ。死者は生前の行動を繰り返す事があるからね」

 茶を注ぎながら極普通にそう答える。コーラルはそれ以上問答を繰り返す気になれず、口を噤んだ。

056 コーラル

(一見普通なんだけど、やっぱりどこか気味が悪い。時間が止まってるって……時計が止まってるだけでしょう?)

057 バーミリオン

「シロエ、おっかわりー」

058 シロエ

「あらあら、たくさん作ってもバーミリオンくらいしか食べてくれないんだから」

059 クロラ

「もう嫌がらせの域だろう、これ。マルベリーが絶対に手をつけないことを分かった上で、その人数分作るからだ勿体無い」

 穏やかな食事とは裏腹に、腹の中はどうも落ち着かない。

060 コーラル

(でも一晩休んで、目が覚めたらきっと全部夢だったって思えるようになる、はず)

 薄ら寒いものを感じながらパンに手を伸ばす。目の前のシロエはにこにこと笑っているが、本心からそう笑っているようには見えなくて恐ろしかった。その女が傍らで不貞腐れているマルベリーに極上の笑みを浮かべてみせる。

061 バーミリオン

「そうそう、マルベリーは? 食べないの?」

062 マルベリー

「空腹なんてものは存在しない。腹に入れたところで消化されたエネルギーはどこへ行く? お前らの茶番に付き合うだけ時間の無駄だ」

063 シロエ

「時間なんて存在しないって言ったばかりでしょう、マルベリー。どうせ寿命なんてないんだから、時間の浪費の仕方を覚えた方が有意義というものよ。目の前に美味しそうなご馳走があれば飛びつきたくなるのが人というもの。反射っていうの」

 相変わらず魔女はおかしな事を言う。他人事のように見守りながらパンを食べ終えたところで、クロラと目が合った。

064 マルベリー

「馬鹿馬鹿しい。体力を消耗した事もないだろうに」

065 バーミリオン

「オイラは消耗するぞ、妖精だもーん」

066 クロラ

「確かに消耗した事はないな。おかげで呪術で使う気力には事欠かない。どちらかといえば頭と精神力かもしれないか」

067 コーラル

「待って、それ……おかしいって思ったことはないの」

068 クロラ

「ここではそれが普通だからな。考えた事もない。呪術は学べば誰にでも使える。記憶力と器用さ次第だよ」

 短く答えてパンを頬張る。クロラもシロエと同じタイプの人種のようだ、と感じた。そう思うと、二人に突っかかるマルベリーがやや自分に近い存在のような気がして、親近感にも似た感情を覚えた。

069 コーラル

(マルベリーって人は、この魔女達に不満を持ってるのかな? さっきから反発ばかりしてるけど。変だもんね、私だけが変なわけじゃなくて)

 差し出されたスープを平らげようとスプーンに手を伸ばす。同じく何かを掴もうとして手を伸ばしていたマルベリーとぶつかり、顔を上げると目つきの悪い鋭い眼光が視界に入った。

070 コーラル

(う、目が合った……)

 気まずい。非常に気まずい。

 適当な言葉が浮かばずおろおろしていると、舌打ちしながらマルベリーが立ち上がった。

071 マルベリー

「……ふん」

072 バーミリオン

「マルベリー、折角シロエが用意してくれたのに食べないんだ?」

 スプーンを拳で握ったまま、バーミリオンが顔を上げる。不満そうに歪めた顔が視界に入り、コーラルは傍観を決め込んだ。こういった類のやり取りには関わらない方が身の為だと、経験上知っている。

073 シロエ

「バーミリオン、スープが零れてるわよ」

074 バーミリオン

「ああっとごめんなさい」

 案の定不愉快そうにマルベリーが食卓に手をついた。

075 マルベリー

「俺の物にだけ毒でも盛られたら堪らんからな。魔女の奴隷であるお前には分からない話かもしれんが」

076 シロエ

「入れるわけないでしょう、失礼しちゃうわ。貴方に毒を盛ったところで腐りもしない。そんなつまらない事、私がするとでも思ってるのかしら?」

077 マルベリー

「一見まともに見える奴ほどネジが緩んでる、そういう場所だ。俺はお前達のままごとに付き合うつもりはない。気狂いパーティがしたいだけなら、相応の客を選べ」

 あまりに一方的な忌避感に嫌な顔一つせず、シロエは受け流す。

078 シロエ

「大食いバーミリオンの味覚があてにならないのは確かな話だけれど、それで貴方に得はあるの? 無意味に時間を浪費して、ただ漂流するだけなのよ」

079 マルベリー

「俺はそれで満足だ」

080 シロエ

「それは残念だわ。こんな場所にあっては、素直になるのが一番だと言うのに」

081 コーラル

「うう、あの人の言ってることホントかなあ」

 疑いの眼差しを白い魔女に対して傾ける。隣にいたクロラが胸の前で手を振ってフォローを入れた。

082 クロラ

「毒なんて入ってない入ってない。マルベリーの過剰な警戒心が勝手にそう決め付けてるだけだ」

083 コーラル

「魔女の言う事を信じて良いのかなー。なんだか色んなものに騙されてる気分」

084 クロラ

「追い出されるか? 泊めて欲しいのだろう?」

085 シロエ

「流石にそこまではしないけれどねえ」

 そう押してくるクロラはあくまで淡白だ。一晩を野宿で過ごすには、あまりに不安になる場所だ。屋根のある場所の方が遥かに安全に感じられる。

086 コーラル

「そりゃあ屋根のある場所で眠りたいけど……こうも色々おかしいと、なんでもかんでも疑ってかかりたくなるよねえ」

 呻きながらスプーンを浸した。

 マルベリーはそのままどこか部屋の奥へ姿を消してしまったらしく、食卓には奇妙な静寂が残された。食器のぶつかり合う音が不協和音を奏でる。

087 バーミリオン

「おかしいって言えば、昔は相当悪い事してたらしいのに、随分生真面目になっちゃったんだねえマルベリー」

 ばくばくと遠慮なく皿を平らげていくバーミリオンがそんな事を呟く。カボチャ頭のどこに食材が消えていくのか不思議でならなかった。

088 シロエ

「悪い事? 悪魔をだまくらかしたってやつかしら」

089 クロラ

「飲み代のツケを払うのに、悪魔と取引したって話か。馬鹿な男だ」

090 コーラル

「悪い人だったの?」

 にこにこと興味深そうに聞いているシロエとは反対に、すっかり呆れた様子で肘を突くクロラの態度が印象的だった。思わず問い返すと、バーミリオンは大きく頷いた。

091 バーミリオン

「相手の方が間抜けだったのもあるけどねー」

092 クロラ

「悪魔と取引をしたんだそうだ。銀貨に化けさせてその場をやり過ごしたんだ。自分の魂を天秤にかけてな。その悪魔が魂を貰いに来た時には――それ以上は本人に聞いてみれば良い」

 途中から心底嫌そうに声色を変えたクロラに続きをせがむ気にはなれない。救いようがない男だという事だけは確かなようで、適当にそう認識する事でその場は押さえた。

093 コーラル

「それってろくでなし、ってことかな」

094 シロエ

「あれは私達を貶めたいだけなのよ。気にしては駄目よ」

095 コーラル

「でも、根は悪い人には見えないけど――とも思ったけど……違うのかな。うう睨むことないのに」

 躊躇いがちに呟くと、シロエの咎めるような鋭い視線に刺され、途中で言葉を濁す。

096 クロラ

「ところでお前は満足したのか? そのまま村へ帰って、どうやってここへ来た事を証明するつもりだ? 誰も過去に戻って来た例がないところが、神隠しと呼ばれる所以だろう」

097 シロエ

「探しに森に入った人もいないんでしょう?」

098 クロラ

「無事に帰れたところで、適当な理由をでっち上げて引き返してきたと思われるが落ちだな」

 クロラの問いにつられ、バーミリオンがこちらを向く。

099 バーミリオン

「ああ、そういえば、魔女の小屋に行きたいって言ってたね。確かめて戻るんだーみたいな感じのことを」

100 コーラル

「なんで神隠しの事を知ってるの?」

101 クロラ

「知りたくなくても流れ込んでくるんだから仕方がない」

102 バーミリオン

「しかたないしかたない」

 そこまで詳しい事を告げた覚えはない。不思議に思わないバーミリオンも大概だが、魔女に心の内を見透かされているような気がしてコーラルは溜め息をついた。

103 コーラル

(やっぱり不気味だわ。バーミリオンには肝試しって答えただけだし、魔女には特に何も言った覚えもないし。シロエって魔女だって、私が来る事を知ってた)

 予め告げた覚えもなければ、彼らは赤の他人でしかない。それなのに誰もが自分がここへ来る事を当たり前のように知っていた。

104 シロエ

「クロラ、小さい子をびっくりさせちゃ駄目よ」

105 クロラ

「何の話だ、私は普通に接しているつもりだぞ」

 口を割ったのはシロエだ。咎められたクロラは不貞腐れながら顎をしゃくる。

106 シロエ

「この子ねえ、昔から人の記憶をちょっとばかり覗き見る事ができるのよ。忘れ物をした時にはなかなか便利なんだから」

107 コーラル

「覗きっ……それって私しか知らないような事とか、皆の秘密とか!」

108 クロラ

「慌てるな。そんな身構えなくても、知られたくないところまでは覗けないから」

109 コーラル

「今ちょっと不安に思ってる事とか、誰がいやーな感じーとか」

110 クロラ

「そういう『心を読む』事はできない。私にとって他人の記憶なんて、他人が脳内に書いた『記憶』なる題名の本を読んでいるようなものだ」

 思いつく限りを指折り列挙していったものの、きっぱりと断言され、コーラルは安堵した。無意識に立ち上がった状態にあった事を思い出し、静かに椅子に座り直す。

111 コーラル

「なら良かった。そういうのが分かっちゃったら、それこそ大変だもんね」

112 シロエ

「あらあら、この世界において不安など不要なものよ。いざとなったら私を頼りなさいな。全部忘れさせて差し上げるわ」

 なかなか物騒な事を言う割にシロエの言葉には躊躇いがない。コーラルは曖昧に頷いて流す。

113 コーラル

「なんかムズムズ落ち着かない気持ち悪さがこう……そうだ、朝が来ないなんて言ってたけど、あれって」

114 シロエ

「ええ。世界は常に、昼の側と夜の側の両方を持っている。だけどここには夜しか存在しない。夜という側面だけを切り取ってしまったから、朝は来ないわ。魔法が続く限り、永遠にね」

115 コーラル

「――うそだあ、シロエまでそんな冗談言うの……?」

116 バーミリオン

「嘘じゃない。遠い昔、魔術がまだ存在していた頃の話だよ。シロエとクロラのお父さんの話だね。偉大な魔導師でありながら、腕の良い反魂師ネクロマンサーだったんだ」

 バーミリオンが言葉を継いで、食卓に皿を置く。空っぽになった皿は白く、食卓に掛かったテーブルクロスと同じ色をしている。腹に押し溜めていた不安が膨張していく。まるで他人事のように感じながら、目の前が真っ暗になる様を傍観していた。

117 クロラ

「生きたものと死んだものの境界線を取っ払ったら、この有り様だ。眠りの世界は切り離し、不要なものはここに放り込む。ここは牢獄だよコーラル・バーリー」

 クロラの声色はあくまで落ち着いている。いても立ってもいられなくなり、コーラルは一気に吐き出した。

118 コーラル

「それじゃ、ここで生活してる人ってどうしてるの? 時間がないなら年だって取らないし、眠くもならないってこと? マルベリーだってお腹が空かないって言ってた。時間がないって事は何も起こらないってことじゃないの?」

119 クロラ

「そうだ、物事は進行しない。ここには生きた人間なんていない。だから別に問題はないんだよ。死者には時代なんて関係がないし、現にそこのカボチャ頭とマルベリーでは、ああ見えてかなり年が離れている」

120 バーミリオン

「オイラの方がずっと年上なんだけどね」

 顔も分からないのでは年齢の推測のしようもない。胸をどんと叩いて自慢げに答えるバーミリオンの明るさとは別に、目の前の奇妙に歪んだものに対して嫌な感情が沸き起こる。

121 コーラル

「じゃ、じゃあ何で私はここに来れたの。ここは死人の世界なんでしょ?」

 食卓に手をつく。食器が傾いて耳障りな音を立てた。

122 クロラ

「秋の終わり、冬の始まり――10月31日の夕方から夜の間に二つを分ける境界線が揺らぐんだ。誰も近付かないのは、偶然知ってしまったからだろうな。こちらに入り込むことは出来るけど出る事はできない」

123 シロエ

「死者は生き返る事ができないでしょう? 自然の摂理に反してしまうものね」

124 コーラル

「私は本当は死んでるってこと……?」

125 クロラ

「そうとは限らない。生きているものはここでは進化をやめる。だけど中身はそのままだよ」

126 コーラル

「い……いやだ……怖い、帰りたい」

 掠れた声を洩らす。まともな言葉として相手に通じていたかどうかなど、最早関係がない。

 肘をついたまま食卓の上で指を組んで、クロラは嘆息した。

127 クロラ

「もう出られないよ。最初に忠告したじゃないか」

 強制的に自分という存在を外へと押し出そうとしていたマルベリーとクロラの事を思い出し、今更にして意味を理解する。

128 コーラル

「だって、あれはあんな暗い森を引き返せだなんて」

129 バーミリオン

「オイラ忠告したもんね」

130 クロラ

「半分は仕事をしなかったバーミリオンの所為でもあるが……私の言葉を疑ったのはそちらの方だ。諦めるのだな」

131 シロエ

「クロラ、バーミリオン。二人して小さい子を苛めないの。こちらの世界も案外悪くないものよ。慣れが肝心なのだから。マルベリーだって今やすっかり、こちらの住人だわ」

132 バーミリオン

「……シロエ、それフォローになってないよね」

 交互に慰めにもならない発言を残し、二人ともシロエに咎められる。そのシロエの言葉も、コーラルにとっては何のフォローにもなっていない。

133 コーラル

(さっきから感じていた違和感はこの所為? クロラとマルベリーが頑なに追い出そうとしてたのはこういうこと?)

 椅子を蹴り倒し、マルベリーが姿を消した部屋の奥へ駆け出す。

134 バーミリオン

「ああっ、コーラルどこ行くんだよう」

 その場に残された魔女達は特に動じる様子もなく、それぞれがそれぞれの作業を続けている。走り去ったコーラルを目で追いながら、クロラは肩を竦めた。

135 クロラ

「悪足掻きでもするつもりかな。バーミリオン、様子を見てきてくれ」

136 バーミリオン

「人使い粗いなあ。了解しましたよう」

 文句を言いつつのろのろとコーラルの足跡を追って、バーミリオンは姿を消す。再び静寂が支配する食卓で、空になった皿を前に、椅子を並べた双子は互いに向き直った――どちらかと言えば、シロエが一方的にクロラの顔を覗き込んでいた。

137 シロエ

「クロラ。ちょっと同情してる?」

138 クロラ

「自業自得としか言えない。昔のマルベリーを見ているようだ。まあ、まだ小さい子供だから、出来る事なら外に出してやりたいとも思うけど。生憎私はそんな呪術を知らない。シロエならば、或いは」

 シロエの苦笑に応じてクロラはなんとも言えぬ複雑な表情を浮かべた。

139 シロエ

「無理ね。あの子、こちらのカボチャを口にしてしまったでしょう?」

140 クロラ

「食べさせたくせに、よく言う」

141 シロエ

「クロラが忠告をした場所だって、既に引き返せない場所だったんじゃないかと思うのだけど」

 人差し指を立てて悪戯に笑う。クロラは逡巡し、呆気に取られた。

142 クロラ

「何故それをシロエが知ってるんだ。いや……また”見て”たな?」

143 シロエ

「一人ぼっちにされるのは寂しいからね」

144 クロラ

「私が目の前にいるのにか?」

145 シロエ

「私と貴方には、ここにいる以上絶対に分かり合えないものがあるのよ。この場所で私と貴方に分からない事などあるのかしら」

 呆れがちに肩を竦める。責められているなどとは微塵も思っていないのか、シロエはさも当然と言いた気に答える。

146 クロラ

「……そうだったな。あの娘、どうする? 私はあれが気に入らない」

 感情を押し出すわけでもなく、ただ淡々と告げる。シロエは微笑を苦笑に変えてみせた。

147 シロエ

「私に聞くの? クロラは生きた人間を前にして、自分が死んでいる事を再確認してしまったのかしら。最初から選択肢なんてなかった。どうありたいかなんて悩んじゃいけなかったのよ」

148 クロラ

「それはもう諦めてるよ」

149 シロエ

「それとも私が知ってしまったのかしら。死んだ人間は元の世界に戻れない、生きた人間に変化は訪れない。生きた人間はここには必要ない」

150 クロラ

「……となれば、問題はマルベリーかな」

151 シロエ

「マルベリーにも少しお仕置きが必要かしら」

152 クロラ

「前にもやらかしているのにな。懲りない奴だ」

 溜め息と一緒に吐き出された一言に、肯定の言葉を重ねる。

153 シロエ

「所詮箱庭、誰も逃げる事なんて出来ないわ。魔女に御せないものがあってはならないわ。こんなに愛情注いでいるのに、ねえ」

 早々に食卓の前から姿を消し、陰鬱な空気を自ら持ち去った男はコーラルが思ったような場所にはいなかった。魔女の小屋は外観よりは遥かに大きく、しかし生活に必要になる最低限の部屋以外は存在しない。

 廊下の突き当たりの部屋を探して、そこに地味な色の外套を羽織った男の姿がない事を確認する。

154 コーラル

「マルベリー、ここにもいないの? どこ行ったの?」

 特に期待していたわけではなかったが、返事がなかった事に落胆する。

155 コーラル

「家のどこにもいないなんて、他は外くらいしか――外か……森から出られないんだったっけ――私、魔女の言う事を信じるつもり?」

 自らに問いかけ、頭を左右に振って否定する。

156 コーラル

「ダメダメ。ああやって人を騙すのが魔女なんだから。簡単に騙されてたまるもんですか。夢夢、全部悪い夢」

157 コーラル

 ――なら、村から消えた人が戻ってこないのは何故?

 気持ちとは裏腹に、頭は無意識に不安を増幅させる。

158 コーラル

「うう、とにかくマルベリーを探そう……ちょっとは気が紛れるかも。根は暗そうだけど、悪い人には見えないもんね」

 湖は暗く、灯りの少ない空の事もあって深さなど目で追うのは困難だ。不気味な魔女の小屋の隣にあるくらいなのだから、落ちたら溶けてしまうのかもしれないなどと思いながら、足元に転がる白い炎を睨みつける。

159 コーラル

「白い炎……鬼火って言ってたっけ、灯りに丁度いいか、他に何もないし。蛍だと思えば何て事ないない」

 人魂だというから不気味に感じていたが、蛍だと思ってしまえばなんて事はない。手を離しても適当な辺りでふわふわ浮いていたので、嫌悪感もどこかへ消えてしまっていた。

 クロラの先導で小屋まで辿り着いた時と同じ道を引き返す。坂道を下りながら辺りを探してみるも、マルベリーの姿はどこにもない。

160 コーラル

(――そういえば、バーミリオンが普段はお墓を掘り返してるって言ってたっけ。それならそういう場所を探せば、いるのかも)

 ふと思い出して暗がりに目を凝らす。肌寒いがこの森で風は吹かない。身を丸めながら鬼火を頼りにマルベリーらと争ったところまで辿り着いた。空を見上げると、やや傾いた月と星空が時間の経過を知らせてくれる。

161 コーラル

「なによ、ちゃんと月は傾いてるじゃない。時間が止まってるなんて嘘も良いところ……」

162 マルベリー

「半日も外で何をしてるんだ、お前は。魔女は寝床を貸さなかったのか」

 背後から声を掛けられ、驚いて声も上がらない。悲鳴のような呻き声を飲み込んで振り返る。フードを深く被った男がそこに立っていた。同時に、よく分からない単語を聞いた気がして耳を疑う。

163 コーラル

「マ、マルベリー、驚かせないでよ。っていうか、半日ってどういうこと?」

 すると目の前の男は面食らった様子で視線を泳がせた。

164 マルベリー

「夜、魔女の小屋にいただろう。半日もそこで何をしていた?」

165 コーラル

「また半日もって……小屋からここまで十分もかからないじゃない」

166 マルベリー

「だから聞いている。十分程度の移動距離で半日も何をしていたんだ、と。おかげで妖精に呼び出された」

167 コーラル

「意味分かんない。こんな場所じゃ今が昼なのかも夜なのかも分からないじゃない。大体こんなところで何をしてるの?」

168 マルベリー

「墓を引っくり返してる」

169 コーラル

「うわ、なんでそんな趣味の悪いこと――」

170 マルベリー

「矛盾に疑問を感じているからだ」

171 コーラル

「……そっか、矛盾か。確かに矛盾してるとも言えるかも。私が今まで当然と思っていた事が、ここでは全部違うのよって言われちゃう。でもそれとお墓とどういう繋がりがあるの」

172 マルベリー

「分からないならいい」

 自分がおかしいと主張されているような気がして、むっとして言い返す。マルベリーは頬を掻いた。その気まずそうな態度から、コーラルの予想の範疇を遥かに超えた答えが返ってくる事になる。

173 コーラル

「で、半日経ってるって主張するのはいいけど、今は一体何時なわけ?」

174 マルベリー

「今は昼だ。10月31日の正午だ。お前が欲しい回答は何だ」

175 コーラル

「10月31日って……私がここへ来たのは10月31日の夕方だよ? 空は真っ暗なままだし、本当に今がマルベリーの言う通り昼なんだとしても、11月1日の間違いじゃない?」

176 マルベリー

「ここの空が白ばむ事はない。11月1日は来ない。お前が本当に十分足らずしか歩いてないなら、妖精に化かされたな」

 コーラルは真顔で言い切るマルベリーに反論する術を持たない。ここの常識なる物を何も知らないし、来た時から感じている違和感を上手く表現する事ができなかったからだ。しかしマルベリーの言っている事を正当だと思うには、まだ何かが足りない。

177 コーラル

「――分かった、それでいいや、昼って事で納得する。考えれば考えるほどわけ分からなくなるだけだし……私は、マルベリーが魔女とちょっと違った感じに見えるんだけど」

178 マルベリー

「それは光栄だ。同じだと言われるよりずっと良い」

179 コーラル

「さっき喧嘩してたけど、マルベリーは魔女が信用できないの?」

 それとなく尋ねる。言いようのない複雑な色を帯びた表情で、微かに頷いた。

180 マルベリー

「魔女に対して疑問を持つのは最早俺とお前だけのようだ」

181 コーラル

「疑問って……やっぱり、ここは気持ち悪いと思ってる?」

182 マルベリー

「進まない時計、巻き戻る時間、出られない空間、矛盾を正当化する魔女。お前はどこから気持ち悪いと感じる?」

183 コーラル

「全部。特に一番最後が一番気味が悪い。じわじわ時間が行ったり来たり、おかしな事ばっかり」

 シロエは本当に人が良さそうに笑っているから、尚更怖いのだ。そう告げようとして言葉にならない事に気が付いた。それ以上は言ってはいけない気がしてならない。マルベリーはコーラルの一言に満足したのか、続けた。

184 マルベリー

「そう思ってることも、あの連中は気が付いてる。俺が知ってる事は全部知られている。そして捨てたつもりの過去に追いつかれる。ここはそういう場所だ」

185 コーラル

「ねえマルベリー。魔女って、なに」

186 マルベリー

「この空間における絶対者。そうとしか言いようがない」

 それ以上の表現はない。コーラルもそれには同意する。

187 コーラル

「こんな空間を作り出してしまった魔導師って、結局何だったの? マルベリーは何か知ってるの?」

 断言する男に興味をそそられ、それまで感じていた反感も忘れ去って問いかける。

188 マルベリー

「鳥、神託、聖書、幽霊、水晶占い、影、大気の様子、誕生日の星座、流星、風、いけにえの様子、人間と魚の内臓、火、灼熱の鉄、祭壇の煙、ネズミ、雄鶏の穀物のついばみ方、ヘビ、薬草、泉、水、杖、生パン、あらびき小麦、大麦、塩、鉛、さいころ、矢、手斧のバランス、ふるい、吊り輪、偶然にできた汚点、宝石、小石、石塚、鏡、灰文字、夢、手相占い、爪のつや、指輪、数字、本の一節、筆跡、笑い方、腹話術、円を描いて歩くこと、ろう、井戸の発見法、ワイン、肩甲骨。以上の生物または無生物、あるいは現象に起こる変化、解釈、徴候により、予言や予知ができると称するいかさま師
(Ornicopytheobibliopsychocrystarroscio- aerogenethliometeoroaustrohieroanthropoi- chthyopyrosiderochpnomyoalectryoophiob- otanopegohydrorhabdocrithoaleuroalphito- halomolybdoclerobeloaxinocoscinodactylio- geolithopessopsephocatoptrotephraoneiroc- hiroonychodactyloarithstichooxogeloscogas- trogyrocerobletonooenoscapulinaniac)。それ以外の何者でもない」

189 コーラル

「いかさま!? 魔法は全部いかさまだって言うの!?」

190 マルベリー

「どういったカラクリなのかは分からないけどな。もっと簡単に言ってやるなら、お前がいるのは何もかもが不条理で成り立った空間だ。差し詰め本物のAlice in Wonderlandアリスだな」

 脳裏に描いていた創造者のような図は返ってこない。一つ一つを列挙しながら答えたマルベリーは、達観した口ぶりで最後の一言を吐いた。

191 コーラル

「じゃあ、魔法って何なの……?」

192 マルベリー

「それは魔女に聞くんだな。そしてこんな場所に放り込まれた俺も、所詮は魔女の隷属だ」

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