SCRIPT:NERVE WORKS

00 魔女の模倣 Replica ask their Raison d'etre

台詞総数:32  キャラクター数:2名

クロラ
台詞数:17 / 冥界の黒い魔女。口が悪く、姉の天然に振り回される。
シロエ
台詞数:15 / 冥界の白い魔女。おっとりしている妹馬鹿。
No. キャラ 台詞、備考

 明ける朝を持たない湖の畔に小屋はある。天に動かぬ星空を仰ぎ、白い霧が波のない水面を覆う。木を打ちつけただけの小屋は、人が住むには十分に広い。家の中心に構えた食卓はやはり質素で、華美な装飾よりも実用性を優先したものだ。

 火を灯したランタンを置き、遊戯盤の傍らに紅茶を用意して魔女は溜め息をつく。

001 クロラ

「肌寒くなってきたな。10月31日――またこの季節か、退屈なものだ。そのくせ、ろくな事が起きない。さっさと過ぎてくれれば良いものを」

002 シロエ

「冥界の管理者の地位にいる魔女がそんな事を言うの?」

003 クロラ

「妖精が暴れ出す、死者が蠢く、煩くて敵わない」

004 シロエ

「それもまあそうねえ。でも、妖精が煩いのはいつもの事でしょう?」

 白髪を指で弄びながら、黒服の魔女は吐き捨てた。窓の外で風が吹き始めている事を気にしながら、女王クイーンの駒を手に取る。白黒を交互に並べた盤上の有効範囲内にキングがある。

 黒い魔女は駒を蹴り倒しながら、黒い女王駒を盤上に置いた。

005 クロラ

「――チェックメイト。まだやるか?」

006 シロエ

「ああん、クロラったら手加減する気全然ないんだから」

 向かい合うように座っている、同じ顔をした――しかしこちらはやや柔らかい雰囲気の黒髪の魔女が嘆いた。あまり悔しくなさそうではある。クロラは肩を竦めて見せた。

007 クロラ

「相変わらずチェスは弱いなシロエ。一度くらいは勝って貰いたいが」

008 シロエ

「そうは言ってもなかなか難しいもの。やけに強いけれど、何かコツでもあるのかしら」

009 クロラ

「チェスの駒など妖精や死者と何も変わらない。生きた者はブレるからな」

 にべもなく魔女は答え、盤上に乗った駒を片付けようと両手で掻き集めた。

010 シロエ

「クロラってば、父様のそういうところばかり受け継いでるのね」

011 クロラ

「あんな男と一緒にするな。思いつきで世界を終わらせかけた魔導師なんかと一緒にされては困る」

 実の父親の話題を前に、クロラは不機嫌そうな顔を作った。双子の姉であるシロエはそんなクロラを見て、首を傾げながら微苦笑を浮かべる。

012 シロエ

「あら。『あんな』とは言っても偉大な人よ」

013 クロラ

「確かにハイネ・ゲインズボロは偉大な魔導師だった。それは認める。それは認めるけど、あれは自分の力に自覚がない、ただの馬鹿だ」

014 シロエ

「あらあら、随分な言い様だこと」

 のんびりした空気を周囲に振りまきながら、自らの父親に対して客観的な意見を述べるクロラをシロエは笑う。

015 クロラ

「事実だろう? 何故私達が管理者などという役割をもって、こんな薄暗いところにいなければならないか――考えた事はあるだろう、シロエだって」

016 シロエ

「なかったとは言わないわ。朝は来ない、延々と続く深い森、咎人の居場所としては丁度良いものね。出られないのだもの。こんな自然の歪み、誰が見つけたのかしら」

017 クロラ

「自然の牢獄にしては出来すぎている、歪みを言葉にするなら、所謂平行世界パラレルワールドというやつだな」

018 シロエ

「ひずみを見つけて抉じ開けたのは魔導師だけれど」

019 クロラ

「あの男は自分がしでかした事の重大さを分かってないんだ。何故ここに閉じ込められなければなかったのかも」

020 シロエ

「どうすれば良いのか気が付かないまま、狂ったからかしらね。未来にしか存在しない術式で過去にタイムトリップしてしまった時、人の中身は同じでいられるかしら」

021 クロラ

「おかげで生と死の境界線は曖昧なまま、中途半端な私達は滅びるまでここにいなければならないというわけだ」

 駒を全てケースに詰め込み、遊戯盤の上に置いてクロラは肩を竦める。己の所為でなく、努力しても変わらぬ事は最早、見方を変えて楽観的に解釈する等諦める他ない。

 そんなクロラを傍らで観察しながら、シロエは頬杖を突いた。

022 シロエ

「ええそう、本当に退屈な夜ね。一定の時間が繰り返されるだけ、何も変わらない。一度入ったら出られない、永久に続く魔法の牢獄。こんな場所では、生きている事を証明するには死んだものが必要だわ。ここには何があると言うの?」

023 クロラ

「死者とは名ばかりの不死者と、悪戯しかしない妖精だけだな。不変の中で生きている事を証明する術はない。でも私はここで生きている、そう思うしかないだろう?」

 呼吸を洩らすように、呟く。或いはそれが彼女なりの溜め息のつき方だったのかもしれない。クロラは遊戯盤を小脇に抱えたまま食卓の端に置かれた蓋付きの瓶を手にとって、扉の前に立った。

024 シロエ

「ところでクロラ。貴方はそのチェス盤とジャム瓶で何をするつもりなのかしら」

025 クロラ

「なに、煩い妖精を捕まえに行くだけだ」

 当然のように言い捨てて、取っ手を掴む。シロエは何か言いたそうに首を傾げた後、不意に振り返ったクロラの視線を追った。

 舐めるような視線を感じてクロラは眉を顰めた。

026 シロエ

「それなら良いのだけど、頼まれごともしてくれるかしら」

027 クロラ

「なんだ?」

028 シロエ

「――いいえ、やっぱり何でもないわ。気をつけてね、満月の夜の妖精は元気が良いから」

029 クロラ

「言われなくとも分かってる」

 親切らしからぬ忠告に頷きながら、クロラは宵闇の世界に姿を消した。

 同じ顔の片割れが確かな足取りで出て行った事を耳で感じ取った後、シロエは突いた肘を崩しながら静かに笑んだ。

030 シロエ

「そうね、気をつけて。いつもと変わらぬ退屈な夜だけれど、今夜は飛び切りの迷い子が紛れ込んでいるのだわ」

title タイトルコール

Vesper Sprite - NERVE presents.

Strange Nocturnal Opera

031 クロラ

 ここは日常が非現実に成り代わる奇天烈極まりない魔導師の幻想。

 境界線を踏み越えてしまった一人の少女の物語。

032 クロラ

 太陽の季節が終わり、暗闇の季節が始まる頃、二つの境界の門が開く。

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